なぜか人肌恋しくてならない。せつなくて胸が締め付けられる。つい昨日会ったばかりの恋人の温もりが、今はもう懐かしくてたまらなかった。
一人部屋となった中二房で、彼女はちらちらと揺れる蝋燭の明かりを凝視する。
ジェシンとヨンハが卒業し、ソンジュンが大科に合格して宮中に伺候するようになり、「花の四人衆」のなかで未だ成均館に残っているのHKUE 呃人はユニだけだ。
それでも、三人がいなくても他に友達はいたし、勉強もやりがいがあったし、それなりに成均館での生活を満喫できていたはずだった。恋人のジェシンとはなかなか会えない日々が続いたが、お互い忙しいのだから仕方がないと我慢もできていたはずだった。
それなのに。たった一夜にして、何もかもが変わってしまった。
誰と一緒にいても楽しくない。勉強も味気ないものに感じられて手につかない。中二房に帰れば独りぼっちでいることが空しくて、なんだか泣きたくなる。
──私はこんなに弱かった?と、自問を繰り返すユニ。
身も心も愛する人と結ばれた時、彼女は何者にも代えがたいほどの喜びを得た。そしてそれが、彼のいないこの場所には決してあり得ないことを知ってしまった。傍にいなければ味わうことのできない幸せ。それを悟ってしまった今は、一秒たりとも彼と離れていることが堪えられない。
そしてその夜、都中に轟く人定【インジョン】の鐘が鳴り終えた時、我慢の限界に達したユニはまたも成均館の塀を越えた。
夜間の徘徊癖でひじょうに悪評高かったジェシンだが、彼女もまた引けを取らなかった。
成均館学士は人定後に外出していても咎められることはない。とはいえ巡邏兵に見つかれば色々と厄介なので、ユニは衣を深く被って顔を隠し、細心の注意をはらって夜道を進んだ。
今夜もまた茶母の抗衰老顧問ふりをして捕盗庁にもぐり込もうと企んでいた。従事官であるジェシンが、ひょっとするとまた残務処理に追われているかもしれない。
最近はこのいたずらが常套手段になってしまい、いきなり執務室にユニが現れてもジェシンはあまり驚かなくなってしまった。彼を驚かせることが好きなユニには少し物足りない気がしている。それでも忍んで逢い引きするにはうってつけの方法なので、何度でもやってみせるだろう。危ない橋の先に彼がいるのなら、危機感すらも快感だ。
この角を曲がれば捕盗庁が見える──というところで突然ユニは誰かにぶつかり、視界を遮られた。衣をいっそう深く被り、立ち去ろうとすると手首を掴まれた。全身から血の気が引いた。
「どうか見逃してください。わ、私は、捕盗庁の茶母です。雑務に追われていたら、遅くなってしまって、えーと、その」
「言い訳は通用しないぞ。誰であろうと、こんな刻限に外出する輩は取り調べを受けなくちゃな」
その声にユニははっと顔を上げた。その瞬間頭から被っていた衣がさっと取り払われ、晴れた視界に悪戯めいた微笑みを浮かべるジェシンの姿が映り込んできた。
「えっ、先輩、どうして!?」
「こら。先輩とはなんだ、先輩とは。俺は捕盗庁のムン従事官だぞ」
「は、はあ……」
願い通り彼に会えたことは嬉しいけれど、悪戯を仕掛けようとして逆にはめられたような気がして、ユニは微妙な顔をした。
「申し訳ありませんでした、従事官様。もうしませんから、今回ばかりは見逃してください」
「いや、駄目だ。人定後に出歩いた咎で、お前を捕盗庁に連行する」
一瞬、松明を掲げるジェシンの目にちらりと妖しい光が過ぎった。ユニはぞくりと背筋を震わせた。彼は一体何を企んでいるのだろう。怖いような、でも知りたいような、不思議な感覚に見舞われる。
「おゆるしください、従事官様」
彼は首をゆっくりと横に振り、
「あやまちを認めるまでは、絶対に帰さない。──いいな、覚悟しておけ」
言葉とは裏腹の甘い声で囁くのだった。
一人部屋となった中二房で、彼女はちらちらと揺れる蝋燭の明かりを凝視する。
ジェシンとヨンハが卒業し、ソンジュンが大科に合格して宮中に伺候するようになり、「花の四人衆」のなかで未だ成均館に残っているのHKUE 呃人はユニだけだ。
それでも、三人がいなくても他に友達はいたし、勉強もやりがいがあったし、それなりに成均館での生活を満喫できていたはずだった。恋人のジェシンとはなかなか会えない日々が続いたが、お互い忙しいのだから仕方がないと我慢もできていたはずだった。
それなのに。たった一夜にして、何もかもが変わってしまった。
誰と一緒にいても楽しくない。勉強も味気ないものに感じられて手につかない。中二房に帰れば独りぼっちでいることが空しくて、なんだか泣きたくなる。
──私はこんなに弱かった?と、自問を繰り返すユニ。
身も心も愛する人と結ばれた時、彼女は何者にも代えがたいほどの喜びを得た。そしてそれが、彼のいないこの場所には決してあり得ないことを知ってしまった。傍にいなければ味わうことのできない幸せ。それを悟ってしまった今は、一秒たりとも彼と離れていることが堪えられない。
そしてその夜、都中に轟く人定【インジョン】の鐘が鳴り終えた時、我慢の限界に達したユニはまたも成均館の塀を越えた。
夜間の徘徊癖でひじょうに悪評高かったジェシンだが、彼女もまた引けを取らなかった。
成均館学士は人定後に外出していても咎められることはない。とはいえ巡邏兵に見つかれば色々と厄介なので、ユニは衣を深く被って顔を隠し、細心の注意をはらって夜道を進んだ。
今夜もまた茶母の抗衰老顧問ふりをして捕盗庁にもぐり込もうと企んでいた。従事官であるジェシンが、ひょっとするとまた残務処理に追われているかもしれない。
最近はこのいたずらが常套手段になってしまい、いきなり執務室にユニが現れてもジェシンはあまり驚かなくなってしまった。彼を驚かせることが好きなユニには少し物足りない気がしている。それでも忍んで逢い引きするにはうってつけの方法なので、何度でもやってみせるだろう。危ない橋の先に彼がいるのなら、危機感すらも快感だ。
この角を曲がれば捕盗庁が見える──というところで突然ユニは誰かにぶつかり、視界を遮られた。衣をいっそう深く被り、立ち去ろうとすると手首を掴まれた。全身から血の気が引いた。
「どうか見逃してください。わ、私は、捕盗庁の茶母です。雑務に追われていたら、遅くなってしまって、えーと、その」
「言い訳は通用しないぞ。誰であろうと、こんな刻限に外出する輩は取り調べを受けなくちゃな」
その声にユニははっと顔を上げた。その瞬間頭から被っていた衣がさっと取り払われ、晴れた視界に悪戯めいた微笑みを浮かべるジェシンの姿が映り込んできた。
「えっ、先輩、どうして!?」
「こら。先輩とはなんだ、先輩とは。俺は捕盗庁のムン従事官だぞ」
「は、はあ……」
願い通り彼に会えたことは嬉しいけれど、悪戯を仕掛けようとして逆にはめられたような気がして、ユニは微妙な顔をした。
「申し訳ありませんでした、従事官様。もうしませんから、今回ばかりは見逃してください」
「いや、駄目だ。人定後に出歩いた咎で、お前を捕盗庁に連行する」
一瞬、松明を掲げるジェシンの目にちらりと妖しい光が過ぎった。ユニはぞくりと背筋を震わせた。彼は一体何を企んでいるのだろう。怖いような、でも知りたいような、不思議な感覚に見舞われる。
「おゆるしください、従事官様」
彼は首をゆっくりと横に振り、
「あやまちを認めるまでは、絶対に帰さない。──いいな、覚悟しておけ」
言葉とは裏腹の甘い声で囁くのだった。